
流し雛とは|紙の人形を流す行事と、雛人形のはじまり
いま私たちが飾る雛人形は、もともと流すものでした。紙や草でつくった人形に災いを移し、川に流して送る。その行事を流し雛といいます。飾る雛人形と流し雛は、同じ根から分かれた二つの枝です。この記事では、流し雛とは何かと、そこから雛人形が生まれるまでをご説明します。
この記事でわかること
- 流し雛とはどういう行事か
- なぜ人形を水に流したのか
- 源氏物語に描かれた流し雛の場面
- 「流す」から「飾る」へ変わった理由
- いまも流し雛が行われている場所
流し雛とは?
流し雛(流しびな)とは、紙や草でつくった人形に自分の穢れや災いを移し、川や海に流して送る行事です。3月3日の上巳(じょうし)の節句に行われてきました。
人形は身代わりです。持ち主の代わりに災いを引き受け、そのまま水に運ばれて去っていく。使い捨てるのではなく、送り出すという感覚に近いものです。
なぜ人形を水に流したのですか?
中国には古くから、上巳の日に水辺で身を清め、災いを祓う習わしがありました。これが日本に伝わり、日本にもともとあった形代(かたしろ)の考え方と結びついたとされています。
形代とは、人の身代わりとなるもののことです。紙を人の形に切ったひとがたに息を吹きかけ、体をなでて穢れを移し、水に流す。いまも各地の神社で行われている大祓(おおはらえ)の人形と同じ考え方です。
雛人形が「身代わり」と言われるのは、この流し雛の系譜を受け継いでいるからです。飾りものとして始まったのではなく、祓いの道具として始まりました。
源氏物語にも、流し雛の場面があります
『源氏物語』の「須磨」の巻に、三月上巳の日、光源氏が陰陽師を呼んで祓えを行い、人形を舟に乗せて海に流す場面が描かれています。
平安時代には、貴族のあいだでこうした祓えが実際に行われていたことがうかがえます。同じころ、貴族の子どもたちのあいだではひいな遊びという人形遊びがありました。祓いの人形と、遊びの人形。この二つが長い時間をかけて近づいていきます。
「流す」から「飾る」へ
人形が変わったのは、人形そのものが良くなったからです。
江戸時代に入り、人形づくりの技術が上がると、人形は紙や草でつくる簡素なものから、衣裳を着せた精巧な工芸品になっていきます。手をかけて作った人形を、流してしまうのが惜しくなった。そこで流さずに飾るようになり、毎年出しては仕舞う、いまの形が生まれました。
幕府が上巳を五節句のひとつとして3月3日に定めたこと、江戸の町に人形師が増えたことも、飾り雛が広まる後押しになりました。ひな祭りそのものの成り立ちはひな祭りの由来と雛人形の意味でご説明しています。
いまも流し雛が行われている場所
飾る雛人形が主流になったあとも、流し雛は各地で受け継がれています。
- 鳥取県・用瀬(もちがせ):旧暦の3月3日に、桟俵(さんだわら)に乗せた雛を千代川に流します
- 和歌山県・加太:淡嶋神社の雛流し。人形を白木の舟に乗せて送ります
- 京都・下鴨神社:桟俵に乗せた雛を御手洗川に流します
- 埼玉県・岩槻:人形のまち岩槻の流しびな
近年は環境への配慮から、流したあとに下流で回収する形をとる地域が増えています。岩槻の行事については岩槻の人形行事カレンダーをご覧ください。
飾る雛人形と流し雛は、どちらも身代わりです
流し雛は身代わりを水に託して送り、飾る雛人形は身代わりを家に置いて見守らせる。向きは逆ですが、人形が子どもの代わりに災いを引き受けるという考え方は同じです。
工房で人形を作っていると、このことをよく思い出します。桐塑を成形し、胡粉を塗り、お顔にガラスの目を入れて、眉と口を一体ずつ筆で描く。同じお顔の名前でも、まったく同じ一体はできません。その一体がその子の身代わりになる。流し雛から受け継いだ意味が、いまの人形にも残っています。
よくある質問
流し雛と雛人形は別のものですか?
別々に生まれたものではなく、同じ流し雛から枝分かれしたものです。流さずに飾るようになったのが、いまの雛人形です。
自分の家で流し雛をしてもいいですか?
紙でひとがたを作り、体をなでて厄を移す。そこまでをご家庭で行い、実際に川へ流すのではなく神社の行事に納める、という形が現実的です。川や海に流すことは、地域のルールによっては控えるべき場合があります。
古くなった雛人形はどうすればいいですか?
人形供養という形で送ることができます。岩槻では毎年11月3日に人形供養祭が行われています。工房ひな雛でお求めいただいた品の修理やお顔の交換についてはアフターサポートをご覧ください。
桟俵(さんだわら)とは何ですか?
米俵の両端に当てる、藁を丸く編んだ蓋のことです。流し雛ではこれを小舟の代わりに使い、人形を乗せて流します。
ひいな遊びとは何ですか?
平安時代の貴族の子どもたちが遊んだ人形遊びのことです。「ひいな」は小さくかわいらしいものを指す言葉で、これが「ひな」の語源とされています。
まとめ
流し雛は、紙や草の人形に災いを移して水に流す、祓いの行事です。中国から伝わった上巳の水辺の祓いと、日本の形代の考え方が結びついて生まれました。人形が精巧になり、流すのが惜しくなったことで「飾る雛人形」が生まれたのです。いま飾っているお雛様の背景には、流すために作られた紙の人形があります。
覚えておきたいこと
- 流し雛は祓いの行事。人形は身代わり
- 源氏物語「須磨」に流し雛の場面がある
- 人形が精巧になり「流す」から「飾る」へ
- 用瀬・加太・下鴨神社・岩槻などで今も行われている
- 飾る雛人形も、身代わりという意味は同じ
工房ひな雛は、埼玉県さいたま市の木目込み雛人形の専門工房です。人形・飾り台・屏風・雪洞・お花・小物まで、すべて自社で製作しております。
五月人形は姉妹ブランド 工房真 で承っております。


